未来小説「ニューライフ」凛子の不思議その1

凛子の不思議 その1

 英知は先に六本木の高層階のホテルのバーで待っていた。
 前回先に待ってくれていたので今回は彼女より先に着いておいたほうがいいと思った。
 時間通り、いや約束の3分前に彼女は現れた。
「すいません、お待たせてしてごめんなさい。」
と謝って席につくと
「何にしようかな、私あんまりお酒強くないんです、でもせっかくだから」と言ってバーテンダーにアルコールを少なめにしてほしいと言ってカクテルを注文した。
 最初に会った時の印象と変わらない、綺麗だし、知的だし、礼儀正しいし、若々しい。
 最近バーカウンターは盛況だ、特に眺めのよい高層階のホテルのバーは人気だ。幸い平日だったからか予約が取れた。
 最近デートで食事というのは微妙だ。
 マスクを人前で外すのは恥ずかしい行為なので居酒屋やレストランでは臨席から食べる姿が見えないように個室になったり席に仕切りをしたりしている。最近は男女別のレストランも出てきている。女性も男性も同性ばかりなら安心してマスクを外すことができる。
 付き合い初めたばかりの時に居酒屋やレストランに行ってマスクを外すというのはなかなかできない。最初から居酒屋やレストランはハードルが高い、それは付き合い初めてすぐに連れ込みホテルに行くようなものだ。だから居酒屋やレストランで食事をしているカップルはすべて「やった後」と言っていい。
 結局居酒屋やレストランにカップルが気軽に行けなくなってこの10年イタリアン、フレンチなどの多くの店がつぶれた。
 そんなわけで恋人になるかどうか微妙な時は事前に別々に食事を済ませてその後夜のバーで会うというのが一般的だ。だいたい夜9時前後からスタートする。
 最初出会った喫茶店の「面談」で彼女の話をほとんど何も聞いていなかった。お互いの趣味のスキューバダイビングの話と昆虫食が嫌いだということで盛り上がっていたような気がする。
 そうだ、女性の話は聞かないと嫌われる、これを忘れてはいけない。
 帰国子女で東京の大学を出てコンピューターソフト会社に勤めている、職場には女性のキャリアも多いらしい、入社して数年は何か所かある会社の女子寮に住む女子社員が多いらしい。
 年齢は24歳、結婚相談所の自己紹介に書いていたがとても若い、結婚相談所に登録する女性は結婚を意識する30歳前からでほとんどは30歳、40歳代だ。若い年齢で結婚相談所に申込をしたのは不思議だ。
 結婚相談所には紹介してもらう異性と「面談」になるたびに1万円を支払わないといけない、彼女は正社員のようだが、都度お金がかかるのでよく相手を選ばないとお金がもったいない。もっといい候補がいたろうにアルバイトで生計を立てている英知を選んだことが分からない。
 もしかすると他にもっといい候補がいて取りあえずその前の練習に英知が選ばれたのかもしれない。失恋したばかりでともかく相手が欲しかったのかもしれない、英知は5年間海外放浪していたのでその話を聞きたかっただけかも、そう単なる時間潰しなのかもしれない。
 でも性格も悪くなさそうだ、いや本当はどうか分からないが悪くなさそうに見える。
 まあいい、次回は断られるかもしれないけど彼女ならフラてもいい。
 英知は酔っぱらってはいけないと思いあまり飲まないほうがいいと思いながら、結局飲んでしまった。彼女も弱いんですといいながら飲んでいた。
 話が弾んで結婚相談所が決めている60分を完全にオーバーしてしまった。
 ホテルのバーからエレベーターで降りた、たまたま二人だったが彼女は突然倒れそうになった。英知はとっさに抱きかかえた。
 お酒に弱いのは本当だったのかもしれない。いや本当に酔っぱらっているのか演技なのか分からない。
 高層ビルの下で酔いがさめるのも待ってもと思ったが適当な場所が見当たらない。
 小さな声で「すいません」という。彼女は迷惑をかけることを謝った。聞けば寮に帰りたいというし、車には乗れそうだったのでタクシーを拾った。
 まあ酔っぱらったふりをして男を落とすような感じでもなさそうだ。ここは紳士として寮まで送り届けることとした。
 海外では無人タクシーが普通になっているが日本はタクシー組合の反対が強く、今後20年かけて徐々に無人タクシーになることになっている。
 取り付けてある画面に向かって神楽坂方面を告げると画面にルート、見込み所要時間と料金が表示される。
 「寮には怖い寮長がいます。」と男の人には言ってガードしてるの、と言っていたが、寮長には挨拶をして彼女を酔わしてしまったことを謝ってあとを頼まなくてはならない。
 まあしょうがない。ここは彼女を送り届けるしかない。

2030年10月23日(水曜日)