資産四分割、金を稼ぐ人は二種類に分かれる。

 30年数年前私が勤めていた会社を辞めて外資系金融会社に転職した1年上の先輩が「金を稼ぐ人は、その金を使わないといけないと思う人とその金をもっと増やさないといけないと思う人の二種類しかいない、そして両方とも最後はお金がなくなる。」と言っていた。

 30数年前と言えば日本はバブル真っ盛り、外資系企業が東京にオフィスを設け若い英語のできる大卒者を高給でヘッドハンティングしていた。

 その先輩は私のような体育会の馬鹿採用とは違って、英語がかなりできたので3年ほどでヘッドハンティングされて外資系証券会社に転職した。当時私は日本の会社に勤めていて年齢にしてはかなりの給与だったと思うが、あのころ先輩は少なくとも3倍は稼いでいた。先輩の同僚には10倍、30倍稼ぐ人もいたようで、それを聞いてうらやましく思っていた。

 30歳にもならないその先輩の同僚たちはほぼ全員外車に乗っていて六本木のオフィスに車で通っていたらしい。

 同僚の半分は稼いだお金をどんどん使う、車、億ション、酒、女、に惜しげもなく金をつぎ込む。ほとんどは離婚、再婚を繰り返す、そしてお相手は金目当ての女、つまり女の質がどんどん悪くなっていくと先輩は笑っていた。

 一方で残り半分はお金をもっと増やさないといけないと思って個人的に株式に手を出して売り買いを繰り返していく。どんどんリスクの高いものに投資していくらしい。

 結局両方ともお金は残らないらしい、何千万円、時には何億円の給与をもらいながら外資系金融機関の実質の定年である40歳前に何も残っていない人が沢山いると言っていた。

 その先輩と飲みに行くのはいつも新橋の安居酒屋だった。同僚の中で先輩一人だけが稼いだお金を長期の投資信託に入れてつつましやかに生活している、車も友だちの手前会社を買ったが、10年落ちのメルセデスだと言って笑っていた。

 そう思いだした、その頃出たトヨタのレクサスは日本車だからダサイとされていたようだ。20代の若者たちがトヨタのレクサスを買うことができてそれをダサイと言っていた時代だったのだ。

 成り上がりは金の使い方が分からないから失敗するのだろう。失敗してもいいからどんどん稼いでどんどん使ってみたいと思うかもしれないし、資産運用を積極的にやったら今のお金が数倍になるかもしれない。でもそんな生活取っても疲れるような気がする。

 やはり少しだけ儲かってつつましやかに生活する方がいいような気がする。その意味でも先輩の言う二つのグループに入らずに、資産は四分割して普段は関与せずに放っておくのがいいに決まっている。

2020年6月24日

 

 

 

未来小説「ニューライフ」凛子の不思議その4

 カーテンの隙間から朝の光が入りだしている、まだ朝は早い、英知彼女の頭から腕をゆっくりと抜いた。
 昨夜見たものは本当だった。暗闇のなかでみたものが今はっきり見える。
 薄明りのなかで彼女の顔が見える。きれいな目鼻立ちをしている。
 でも顔に大きなあざがある。

 鼻から口、口から顎にかけてきれいなラインをしているが、そこに大きな青いあざがある。ちょうどマスクで隠れるぐらいの大きなあざだ。
 昨晩そのあざを見た、マスクを外したら薄明りの中に見えたのだ。

 その瞬間英知は何かすべてを納得してしまった。

 ふいに腕を取られたが、振り払わなかった。それは振り払いたくなかったこともあるが、罠ではないと思ったからだ。
 そう彼女は大きなあざがあるからそれがコンプレックスなのだ。これだけきれいな目鼻立ちをしてスタイルがよくて知的なのに顔に大きなあざがあるから男性に対してひけめを感じているのだ。だから英知のように収入が低い男、本当は今は違うのだが、に近づいてきたのだ。
 彼女の顔を近くで見れば見るほど美しい、そうあざを除いて。
 しばらくして彼女は眼をさました。
 朝6時ぐらいだろうか部屋はまだ薄暗いがカーテン越しに光が入っている。彼女は顔にあるあざを全く気にしている様子がない。
 しばらくして英知が仕事にもう行かないといけないと言うと
「お仕事の時間ね、行かないといけないの?」

 英知は朝から新しい職場での会議が予定されていた。
「廊下に出ても大丈夫かな、寮のおじさんいないかな。」と言うと。
彼女は笑って
「寮におじさんがいるって言うのは男の人を近づけないためよ、そう言ったでしょ、そんな人いないわ。」
「でも、ここは寮?普通のマンションに見えるけど」
「嘘じゃないわ、ここは会社の寮、中古のマンションを会社が買ってそれを女子寮にしているの。だからご近所さんはみんな会社の女の子、とオバさん。」
「男は出入りしていいの?」
「規約にはなにも書いていないわよ、今時そんなこと会社も言えないでしょ。」
 そんな話をしていると本当に英知は仕事に行かないといけない時間になった。
英知がソファから立とうとすると、再び昨夜のように腕を引っ張られてソファに倒れこんだ。
「仕事に行ってもいいけど、約束して、今度の週末鎌倉に連れてってくれる?」
約束してくれないと寮のおじさん呼ぶからとまた笑う。
断る理由などなにもない。
周りを気にして玄関から出るときに彼女を今一度抱き寄せながら、静かにでないといけないなと言うと、
「誰かに見つかっても大丈夫よ、私にもようやく彼氏ができたってご近所さんに思ってもらえるから」
とまた笑う。
 マンションから出て振り返ると窓から彼女が見送っている。裸の体に毛布をまとってそこから片手を出して手を振っている。なんときれいな彼女なのかと英知は思った。
2030年10月24日(木曜日)朝

未来小説「ニューライフ」凛子の不思議その3

「不思議だったんだよなあ。」

新宿の居酒屋チェーン店で英知は友人の丸山に言った。
「そうだなあ、なんであんな美人が英知についたのか分からんな、でもお前のその発言、単なるノロケにしか聞こえないよ。」

 なんで凛子のような女性が英和のところに来たのか分からなかった。
何せ結婚相談所の英知の自己紹介に書いた年収は200万円だったからだ。
収入を示す源泉徴収証か確定申告収入証明書のコピーを出さないといけないのでウソはつけなかった。200万円はアルバイトの収入だ。
 だが結婚相談所に申し込んでからすぐに、運よくまともな仕事に就けた。収入欄を修正しようと思ったのだが確定申告に代わる収入を証明するものを提出するのが面倒だった。それと収入が少なくても付き合ってくれる女性がいればいいかと甘い考えをもってもいた。だが実際は収入欄を変更する前に凛子と出会ったというのが本当のところだ。
 10年前の2010年春英知は大学四年生になったが大変な目にあった。
 頭はそれほど悪くなく大学経済学部に入学し卒業したが就職ができなかった。偏差値の高い大学は不況期でも就職口があるものだが、100年前の世界恐慌以来の大不況で英知の世代とその後の世代は大変な苦労をした。
 当時政府は108兆円の新型コロナウイルス緊急対策を行ったが、5月になるとある程度収束したので第二次経済政策は遅れた。当時10%だった消費税減税は財務省の抵抗もあって国会では議論もされなかった。
 結局11月になって新型コロナウイルスA型の第二波が来てしまった。第一波感染後免疫保持者は全国平均で1%しかおらず、第二波は11月から翌年2021年5月までの長期となり、また1年前落ち着いていたインフルエンザが猛威を振るったので犠牲者は第一波の数十倍になった。
 その後コロナウイルスA型、B型、C型で10年経済は混乱し、この間企業は新卒採用を極端に絞り込んできた。当然失業率はここ10年15%で推移してきている。
 結局英知は卒業の年に就職ができず翌年もダメだった。
 どうせ就職できないと思い海外に5年ほど放浪の旅に出た。幸い英知は新型コロナウイルスの免疫を持っていたので海外に行けた。おそらくウーバーイーツをバイトでやってて東京の街をあちこち行ってたのでその時感染していたのだろう。
 最近まともな仕事についたことを丸山にも凛子にも言っていない、今も凛子は英知がアルバイトの収入しかないと思っているはずだ。
 男は収入だけではないのかもしれないがさすがに200万円の男性に凛子ほどの女性がアプローチしてくることは考えられないと英知も不思議に思っていた。

2030年11月1日(金曜日)

未来小説「ニューライフ」凛子の不思議その2

凛子の不思議その2
 タクシーは神楽坂から一本入った道で留まった。料金をカードで支払って彼女を支えて寮を探す。
 寮長とやらに事情を説明して後の面倒を見てもらわないといけない。
 コロナウイルス発生後東京の地価は下がる一方で最近優良企業は安い東京都心の土地を見つけて人材確保のために寮にしている。
 抱えながら入り口までたどり着いた。
 低層階の普通のマンションにしか見えない。鍵はもっているのかと聞くと彼女は鞄からカードを取り出して英知に渡した。
 カードに204と数字が書いてある、彼女にこれは部屋番号なのかと聞いても答えない、ともかくエレベーターで204号室まで行ってカードを差し込むとドアが空いた。
 ドアを開けたが電気のスイッチがどこにあるのか分からない。暗闇の中で彼女をソファーに寝かせた。
 何やらよく分からないが、ここは彼女が大丈夫なのを確認したら退散したほうがいい、いやそうに決まっている。寮長はいなかったが男性禁止の寮のはずだ。
 もしかするとこれは何かの罠かもしれない。事がかように運ぶことなどない、いや運んではいけない。ここで彼女に手を出したら突然騒がれて男が出て来て脅されるのかもしれない。
 いや罠でなかったとしても本当に酔っぱらっていたら手を出して彼女がその気でなくて騒いだらとんでもないことになる。
 そう思って、周りを見回したが家具の影が見えるだけでなにがどこにあるのか分からない。どうも小ぎれいなマンションの一室であることと、一人暮らしにしてはかなり広い部屋だということは分かる。
 息苦しそうだ、暗闇だからマスクを外しても叱られないだろう。そっと彼女のマスクを外した。
 きれいだ、目が暗闇に慣れてきたのとかすかカーテン越しからかすかに入る光で見えた。

 マスクを外した彼女はきれいだ、とてもきれいだ、だが、ただ、、、
 

 だがダメだ。
 入口に防犯用のカメラもあったし警備員が来るかもしれない、今なら看病でやむなく入って来たと言い訳ができるが朝までいたら大変なことになるかもしれない。手探りでクッションを探し彼女の枕にして体を横向けた。
 今すぐに出たほうがいい、
 そう思って立とうとした瞬間、英知は左腕を引っ張られ不意を受けてソファに倒れこんだ。
 倒れこみながら英知は不思議と大丈夫かもしれないと思っていた。

2030年10月23日

未来小説「ニューライフ」凛子の不思議その1

凛子の不思議 その1

 英知は先に六本木の高層階のホテルのバーで待っていた。
 前回先に待ってくれていたので今回は彼女より先に着いておいたほうがいいと思った。
 時間通り、いや約束の3分前に彼女は現れた。
「すいません、お待たせてしてごめんなさい。」
と謝って席につくと
「何にしようかな、私あんまりお酒強くないんです、でもせっかくだから」と言ってバーテンダーにアルコールを少なめにしてほしいと言ってカクテルを注文した。
 最初に会った時の印象と変わらない、綺麗だし、知的だし、礼儀正しいし、若々しい。
 最近バーカウンターは盛況だ、特に眺めのよい高層階のホテルのバーは人気だ。幸い平日だったからか予約が取れた。
 最近デートで食事というのは微妙だ。
 マスクを人前で外すのは恥ずかしい行為なので居酒屋やレストランでは臨席から食べる姿が見えないように個室になったり席に仕切りをしたりしている。最近は男女別のレストランも出てきている。女性も男性も同性ばかりなら安心してマスクを外すことができる。
 付き合い初めたばかりの時に居酒屋やレストランに行ってマスクを外すというのはなかなかできない。最初から居酒屋やレストランはハードルが高い、それは付き合い初めてすぐに連れ込みホテルに行くようなものだ。だから居酒屋やレストランで食事をしているカップルはすべて「やった後」と言っていい。
 結局居酒屋やレストランにカップルが気軽に行けなくなってこの10年イタリアン、フレンチなどの多くの店がつぶれた。
 そんなわけで恋人になるかどうか微妙な時は事前に別々に食事を済ませてその後夜のバーで会うというのが一般的だ。だいたい夜9時前後からスタートする。
 最初出会った喫茶店の「面談」で彼女の話をほとんど何も聞いていなかった。お互いの趣味のスキューバダイビングの話と昆虫食が嫌いだということで盛り上がっていたような気がする。
 そうだ、女性の話は聞かないと嫌われる、これを忘れてはいけない。
 帰国子女で東京の大学を出てコンピューターソフト会社に勤めている、職場には女性のキャリアも多いらしい、入社して数年は何か所かある会社の女子寮に住む女子社員が多いらしい。
 年齢は24歳、結婚相談所の自己紹介に書いていたがとても若い、結婚相談所に登録する女性は結婚を意識する30歳前からでほとんどは30歳、40歳代だ。若い年齢で結婚相談所に申込をしたのは不思議だ。
 結婚相談所には紹介してもらう異性と「面談」になるたびに1万円を支払わないといけない、彼女は正社員のようだが、都度お金がかかるのでよく相手を選ばないとお金がもったいない。もっといい候補がいたろうにアルバイトで生計を立てている英知を選んだことが分からない。
 もしかすると他にもっといい候補がいて取りあえずその前の練習に英知が選ばれたのかもしれない。失恋したばかりでともかく相手が欲しかったのかもしれない、英知は5年間海外放浪していたのでその話を聞きたかっただけかも、そう単なる時間潰しなのかもしれない。
 でも性格も悪くなさそうだ、いや本当はどうか分からないが悪くなさそうに見える。
 まあいい、次回は断られるかもしれないけど彼女ならフラてもいい。
 英知は酔っぱらってはいけないと思いあまり飲まないほうがいいと思いながら、結局飲んでしまった。彼女も弱いんですといいながら飲んでいた。
 話が弾んで結婚相談所が決めている60分を完全にオーバーしてしまった。
 ホテルのバーからエレベーターで降りた、たまたま二人だったが彼女は突然倒れそうになった。英知はとっさに抱きかかえた。
 お酒に弱いのは本当だったのかもしれない。いや本当に酔っぱらっているのか演技なのか分からない。
 高層ビルの下で酔いがさめるのも待ってもと思ったが適当な場所が見当たらない。
 小さな声で「すいません」という。彼女は迷惑をかけることを謝った。聞けば寮に帰りたいというし、車には乗れそうだったのでタクシーを拾った。
 まあ酔っぱらったふりをして男を落とすような感じでもなさそうだ。ここは紳士として寮まで送り届けることとした。
 海外では無人タクシーが普通になっているが日本はタクシー組合の反対が強く、今後20年かけて徐々に無人タクシーになることになっている。
 取り付けてある画面に向かって神楽坂方面を告げると画面にルート、見込み所要時間と料金が表示される。
 「寮には怖い寮長がいます。」と男の人には言ってガードしてるの、と言っていたが、寮長には挨拶をして彼女を酔わしてしまったことを謝ってあとを頼まなくてはならない。
 まあしょうがない。ここは彼女を送り届けるしかない。

2030年10月23日(水曜日)

未来小説「ニューライフ」エントモファギー

 約束の喫茶店で彼女は先に待っていた。最初にPCR検査の結果を見せ合って挨拶をして席についた。
 紛れもなく僕のタイプだ。マスクをしているので当然顔全体は見えないが、喫茶店の窓から入る春の光に照らされた彼女の目と全体から受けるの感じは自分のタイプに違いない。まあフラれてもこんな女性なら話ができるだけでもいい、英知はそう思った。
 飲み物を注文してお互いにマスクの間からストローで一口飲んだとき彼女が申し訳なさそうに切り出した。
「あのう、最初に聞いておいた方がいいかと思って、小比戸さんは昆虫食べるんですか?」
「いえ、実はあんまり好きでないんです。いえ、ほとんど食べません。いえ、嫌いなんです。」
「よかったあ、私も実は好きじゃないんです、もし小比戸さんが昆虫好きならお時間もったいないし別の女性の方がいいかと思ってたんです。ウソ書いてごめんなさい。」
と屈託なく笑った。
 結婚相談所の自己紹介の欄に①昆虫を食べる、②昆虫を食べることができる、③昆虫は食べない、の3つから選ぶこととなっている。
 英知は昆虫は大嫌いだが食べないと書くと出会いのチャンスが少なくなるかと思い②の昆虫を食べることができる、を選んでおいた。彼女も同じ理由なのだろう彼女の自己紹介にも②の昆虫を食べることができるに〇がついていた。
 2020年環境少女グレタトゥンベリはノーベル平和賞を受賞した。ノーベル賞の権威を落とすことになると温暖化懐疑論派から強い反対意見があったが受賞をした。その後彼女はIPCC気候変動に関する政府間パネル)の理事になり昨年から会長となっている。
 グレタ会長の指導するIPCC二酸化炭素削減のために極端な再生可能エネルギーへ移行を世界各国に押し付けてきた。
 またグレタ会長とは別のより過激な圧力団体がIPPC内で力を得て今はIPCCの活動は再生可能エネルギーの押し付けだけでなく、食生活にも圧力をかけてきた。CO2を大量に発生させる牛肉などの家畜食用の禁止、ベジタリアンの推奨、そしてこのところはエントモファギー、昆虫食を推薦、いや半ば強制してきている。
 IPCC加盟国は食料消費の5%を今後10年間で達成しなくてはならない。達成できないと達成できた国に昆虫食税を払わなくてはならない。
 10年前豚コレラが広がり豚生産に壊滅的な打撃を受け、米国との貿易戦争で大豆の輸入を止められた中国は13億人の食料を得るために積極的に昆虫食を推進した。
 ちょうどアフリカからインド経由で広がった大量のバッタが中国の農地を荒らしまわり第二の文化大革命の悲劇かと思われたが、バッタを食料にすることで中国はなんとか食糧危機を乗り切った。このバッタは日本のイナゴと違って本来まずくて食べられないが、中国は加工方法を発明し、今は普通に中華料理の豚肉や豆腐の代わりになり、さらにいろんな料理に使われている。
 アメリカ、イギリス、ロシア、ブラジルなどは早々にIPCCを脱退したが、日本は国内に環境産業が育っており経団連が政府に圧力をかけて脱退しなかった。
 テレビをつければ食べ歩きの半分は昆虫食だ。お笑い芸能人が街中を歩いてその場で撮影許可をもらって店の紹介をするのは昔と同じだ。違うのは出てくる料理の半分が昆虫食になっていることだ。今や地球温暖化は国民の教義のようになっていてスポンサーとしても昆虫食を入れないとすぐにクレームが来るらしい。
 昨年のIPCCの国連会議では夕食は昆虫ディナーだったらしい。10年以上前に小泉環境大臣が国連会議期間中ニューヨークのステーキ屋に行ったと報じられ非難されたが、今はそんなことはできない雰囲気になっている。
 実は品種改良、地球温暖化二酸化炭素増加、によって世界の食料生産は1945年以後途切れなく毎年増加していて自給率も絶えず100%を超えている。余ったサトウキビやトウモロコシをバイオ燃料にしている一方で人間は昆虫を食べないといけないというなんとも理解不能な世界になっている。
 今日本ではなかなか公然と昆虫は嫌いだ、食べたくないとは言えない環境にある。一番言いづらいことを最初にすっきりと言う女性だ。気に入った。
 あっという間に1時間が過ぎてしまった。何を話したかは忘れてしまった。ともかく楽しかった。
 結婚相談所のルールで最初の「面談」は60分と決められていて次のステップに行くかどうかはこの場で言ってはいけないことになっている。
そろそろ時間だ。
彼女が最後に
「小比戸さん、ルールは分かっているんだけどまた会ってくれます?」
「はい、僕もそのつもりでした。もちろんです。」
 この喫茶店飲み物に小さなお菓子が付いているヨーロッパスタイルで10年前まではベルギーの高級チョコが1個ついていた。最近はタイ産タガメの砂糖漬けがついている。10年前までタイの東北部(イサーン)地区では米の収穫が少なくてか昆虫のタガメを食べる習慣があった。今このタガメが高級食材とされていてなかなか手に入らない。タイではタガメの養殖でタガメ成金がいるらしい。今日本では砂糖漬けにしてチョコレートの代わりに食べるのがはやりだ。
 お会計だ。結婚相談所のルールで男性が喫茶店のお金は支払うことになっている。小皿に置かれた黒い茶色のタガメをみて二人は
「食べないですよね」と言って笑った。

2030年10月16日(水曜日)午後

未来小説「ニューライフ」コンビニの買い物

 喫茶店に行く途中の新宿区戸山公園にある公営の体育館の中にあるコンビニエンスストアで買い物をしなくてはいけない。
 小比戸英知は今日結婚相談所で知り合った女性にこの公園近くの喫茶店で会うことになっている。その前に大事なものを買っておくのを忘れてしまった。
 半年ほど前に英知は結婚相談所に申込みを出したが履歴書の段階で相手から断られたり断ったりで次のステップになかなか行けなかった。
 ようやく第一ステップの喫茶店での「面談」にこぎつけた、結婚相談所では最初の顔合わせをデートとは言わずに「面談」と呼んでいる。その第一段階の「面談」で男女ともにOKを出すと次のステップである「デート」になる。
 新型コロナウイルスが広まって以来過去10年の間に男女の関係や家族の姿は大幅に変わってしまった。
 特に国として大きな問題になっているのは出生率の大幅な低下だ。新型コロナウイルスが発生する前年2019年の出生率は1.4人だった。
 新型コロナウイルスが日本で広がった翌年2021年出生率は一時的に1.9と人口置換水準(人口が増加減少しないレベル)の2.1にかなり近づいた。これは新型コロナウイルスで外出をしなかった夫婦が子作りにいそしんだからだと言われている。
 しかしその後出生率は急激に下がり今年2030年は0.4人になっている。出生率の低下は経済にブレーキをかけデフレとなった。
 出生率低下の最大の原因は結婚する人が急激に少なくなってしまったからだ。
 新型コロナウイルス感染を恐れるあまり人々は政府の言う「ニューライフ」を受け入れテレワークが広まり、また飲み会もパソコンでのテレ飲み会になっている。その結果男女が職場や飲み会で実際に出会うことがなくなってしまった。今男女ともに一生結婚しない人は10人に8人と言われている。
 出会いの機会が少なくなっただけでなくデートをするのも大変になっている。デートする場合マスクを着用するのは必須で、おしゃれなマスク(勝負マスク)をして行かなくてはいけない。今や1万円を超えるマスクもあるが最初に女性に会う時はシンプルで清潔感あるマスクが成功率を高めるらしい。
 さらに絶対にデートの前にやっておかないといけないのはPCR検査だ。10年前新型コロナウイルスが広まった際にマスコミが繰り返してPCR検査が必要と繰り返したため、国民にPRRは絶対必要だと刷り込まれてしまった。
 ビジネスはほとんどテレワークになっているが実際に同じ部屋で会議を持つときは事前にPCR検査をしてその結果を相手に見せることになっている。政府の「ニューライフ」政策で名刺交換は礼儀に反することとなりその代わりにPCR検査の結果を相手に見せることが今は挨拶となっている。
 今日も英知は最初女性にPCR検査の結果を見せなくてはいけない。
 英知がコンビニエンスストアで買わないといけないのはPCR検査キットだ。PCR検査はどこでも手に入るし、それは簡易キットだが正確に検査できるようになっている。
 そのコンビニエンスストアPCRキットは1ダース12回分で800円だ。英知は支払いを済ませたが、レジ横にコンビニエンスストアのバイト時給800円の求人広告が貼られている。

2030年10月16日(水曜日)午後